1ヶ月インスタグラム投稿を毎日続けてみてよかった3つのこと

おはようございます、小野義明です。

2020年は「発信の年」として決めたにも関わらず、今年の4月から更新頻度が激減…。半年が経過して、10月3日からInstagramとFacebookの毎日投稿、10月12日よりブログを再開。

日頃アウトプット量が少なかった生活は、SNSやブログに投稿することを前提にすると、イマまでなんとなくインプットしていたんだなと痛感することばかりです。

1ヶ月という短い期間でまとめるのは恐縮なのですが、ひとつの区切りとしてまとめていければと思っています。

アウトプットするクセがついた

個人アカウントで発信を始めて変化した点として、日々の過ごし方やインプットも「発信ありき」で些細な出来事や情報に対して“敏感”になってきているということです。

街を歩いていてふと感じたことや、本屋さんで感じたこと、たまたま聞いた音声メディアなど、とにかくすべてが発信というアウトプットありきのインプットに変わってくる。

「伝えること」にコミットすることで、コンテンツを生み出すためのアンテナができ、行動の質や量も上がります。発信を続けていけば、自分自身を再発見することにつながるのではないか。そんなことをいまのところは感じています。

SNSは流動的なもの

僕が大学生だった2010年頃は、FacebookやTwitterなどが盛り上がり始めた時期で、毎日のように能動的に活用していました。

そうすると、あまりSNSについて知らない知人からメッセージが届き、そこから仕事に繋がる機会などもありました。

そこから月日が経ち、4年間ほどSNSを受身的な使い方をし始めると、その反応や空気感は掴みづらく、過去のSNSでの体験にとらわれてしまいがち。

SNSも日々アップデートされており流動的なものだからこそ、受け身ではなく能動的に活用しているからこそ気づく点も多々あると感じています。

耕すという行為

毎日投稿をはじめたInstagramを通じて、久しぶりのメッセージが届きました。その結果、音楽のMVとして参加することになったり、発信のおもしろさの一つに、予想だにしない交流が生まれる可能性があると感じています。

SNSやブログは、インターネット上という何もない土地に、投稿を通じてただひたすら耕していくことに近いのかもしれません。

1日の繰り返しが1年を作る

最後に何のためにSNSでの発信を続けているかという目的を見失わないように書いときます。

仕事柄、「伝え手」として携わっている事が多いです。

冒頭にも書いたのですが、そういった立場なのにも関わらず、4年間程SNS上で発信していませんでした。正確にいえば、中途半端な向き合い方をしていたのです。

伝える立場にいるからこそ、もっと多くの人に響くものを届けていけるようになりたい。

そのために、SNSはひとつの手段や可能性であり、短期的ではなく、中長期的にコツコツと積み重ねていくには、日々の発信が肝なのかと感じています。そのことで、編集者の箕輪さんがnoteに届けることについての記事を投稿していました。

届けるためには、日常的にタッチするのが必要です。たとえば毎日毎日家の前でリフティングの練習をするサッカー少年がいて、最初は下手だったその少年が、少しづつ上達。来週の日曜日初めて試合に出るらしい。ちょっと見てみようかなと思いませんか?少なくとも、来週日曜日〇〇小学校サッカー部試合に来てくださいというチラシがいきなり入っているよりは見たくなるはずです。

そしてコレが簡単なようで非常に難しい…。

単発であれば、無理をすれば人間は意外となんでもできてしまう。習慣的に続けることで、スタートしなければ決して発見することができなかった事を知ることができるはず。

きっと始める前には、想像もしなかった新しい世界が目の前に広がっていると信じて。

地道にやってきましょう。

それでは。
今日も悔いのない一日を。

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編集者 / ドローングラファー。大学卒業後、フリーランスとして独立。2016年ドローン空撮の魅力にはまり、国内外共に巡る。